超遠距離大恋愛 イスラエル-日本

これから ちょこちょこと
イスラエルでの体験
暮らし
日本でイスラエル人
と、暮らした体験を書いていこうと思います。

私がカミスキを始めた事とたくさん関わりがあるので…



最初に日本でイスラエル人の青年アリックと出会ったのは1998年初夏の原宿でした。

その頃 私はネイルの会社の営業をしていました。
ソニプラを中心にネイルの商品を紹介したり 店頭で自社製品を購入された方に ネイリストがカラーリングとストーンを幾つかデコレーションするイベントなどを企画し、商品の販売をしていました。

とても自由にイベントなどを企画させてくれる会社で、
私はバイヤー お客様 ネイリストさん に喜ばれるこの会社の仕事が好きでした。
会社員であり 営業職にもかかわらずネイルに合うファッションもokで サンダルにペディキュア ライトなスーツに手のネイルも随分 カラフルに自社の製品をアピールしていました。
(この頃にはもう 色が好き♡)

原宿の大きくて有名なお店のアポイントが取れ ワクワクしながら原宿に向かったのですが
その日私は自宅にお財布を忘れてしまいました。

名前はSUICAではなかったんじゃないかな…(オレンジカード?)
移動は定期とプリペイドカードで済んでしまう為
さて これからランチ!と、なるまでお財布を忘れていた事に気付いていませんでした。

一人暮らしの我が家は新宿だったのですが 一旦帰るにはアポイントにギリギリになってしまう…
ランチとお財布抜きで2時間以上を原宿で過ごすにはかなり暑いなぁ と言う日でした。

代々木に近い方の原宿駅から3分位の所に シルバーアクセサリーの露店がありました。
丁度 シルバーのピンキーを探していたので見るだけ見てみよう!と、商品に近づくと

「オネェサン コンニチハ ナニサガシテル?」
と、クルクルの長い巻き毛の青年にスーパー笑顔で声を掛けられます。
このクルクルの巻き毛のアリックは この露店の店員で この日から私の人生を大きく変える人になります。

私は自身も営業職な為 相手が買い物をすると期待していたら申し訳ないなぁ 今日はお財布無いんだよなぁ 英語分からないし。。。。
と、困った笑顔だったと思います。
脳の中の 昔習った英単語をどうにかこうにか引っ張り出し
お財布を忘れた と、伝えたのだけど
信じて貰えないよなぁ 逃げ口上だと思われてるだろうなぁ
と…
アリックの笑顔を見ながら思うのでした。

(彼が私の言葉を信じていなかった事は後々笑い話になりました…)

片言の英語と片言の日本語でやり取りをしながら アポイントまでの時間をアリックと過ごし
今夜 仕事を終えて お財布と辞書を持ってここに来るから待ってて!!
と、伝えたつもりが
ライブラリー!
図書館持って来るから 待ってて!!
と、言ってしまう位の英語力でした。。。。


私 約束は守るのです!
夜 仕事を終えてから 和英と英和辞書を2冊持ってお財布を持って原宿に。
それから数ヶ月の私とアリックのスタイルです。
辞書を1冊ずつ持って指を指しながらの会話 in 竹下通りマック

学校で勉強しなかったからね…
かれ質問を理解出来ないのは本当にもどかしかった…
発音を間違えるのが恥ずかしくて 数ヶ月は話せないままでしたが、中学 高校の英語の先生が見たら喜ぶだろうなぁ位には理解し話せる様になっていきます。

恋の力は絶大!
そして 後から気付いたのですがアリックは本当に根気強く 私に色んな事を教えてくれました。
それはそれは根気強く。

今だから 言えますが(20年近い歳月を経て)私とアリックは出逢ってから一週間経たない内に 私の一人暮らしの新宿のマンションで一緒に暮らし始めていました。
とても誠実な人だと直感したし もしこの人が悪い人だとしたら 私は私の人を見る目が無かった事にしよう!
と、ルームメイトの申し出を受け入れました ルームメイトと言ってもワンルームマンション プライバシーとか全く関係なく 同棲生活のスタートでした。


毎日 仕事帰りには彼の露店に行き 販売の手伝いや英語の勉強 近くに住むイスラエル人友達を訪ね歩きました。
英語ペラペラの日本人
ヘブライ語ペラペラの日本人
イスラエル料理
ユダヤ教の事
自分の国に居ながら 半分外国に暮らしている様な夏でした。
じわりじわり 私の中にやる気が芽生え…でも 超劣等感で凹む毎日でもありました。

私の人生の中で最も多くを学んだ夏!
私 悲観主義なんだろうな…直ぐにいづれ会えなくなる事を想像してはメソメソ泣いていました。
その数ヶ月後に1人でパスポートを作って 初海外でイスラエル訪問をするだなんて全く想像出来ませんでした。

だいたい イスラエルって聞いて 国の名前だと知らない位に地理にも歴史にも無知だったのです。
まぁ 知っていたら行けなかったかも…ですが。

1998年辺りは イスラエルが最も穏やかな時期でした。
テロは少なく 観光客も多かったそうです。

この辺りで 超遠距離大恋愛 イスラエル-日本
1を終えます。

何故 20年経過した今なんでしょう?
何故 こんなに詳しく20年前の事を覚えているんでしょう?

ずっとずっと文章にしたい して欲しいと言われて来たのに 何かに堰きとめられ書けずにいました。

先日 ソウルメイトだな!!って方から 書きなよ!って言われて 漸く漸くずっと言葉にしては留めて来た事をblogに書く勇気が湧いて来ました。
言葉も想いも質量があり 私の中でスペースを取りすぎていたんだと思います。

スピリチュアル 恋愛 冒険 体験 様々な学びと螺旋の様に続くその後の私のカミスキとの出会い総てが関連しています。

読んでいるか?ですが まるで本当の私が求める事を知っていたかの様に 何度も書いて欲しいな!と勧めてくれたソウルメイトに感謝しています。

はぁぁぁ ピっと送信ボタンを押すと
ずっと留めていた言葉が発信されるのか…
ちょっぴり バンジージャンプな気分ですが 押します(笑)


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追伸
イスラエルを全く知らなかった頃 彼等は国に帰ったらラクダで移動するんだろうな♪なんて思ってました。。。。
それ言ったら大爆笑 観光地にしかいないとの事。
それって 日本人がみんな忍者や侍だと思っている外国人と同じ!
無知って 無知って この場合は可愛い♪






by yokush55 | 2017-08-14 19:59 | エピソード
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