Dream note Book ノートになる紙

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どんな願いが書かれるのだろう?
どんな言葉がここに踊るのだろう?


いつか 総ての人の総ての願いが叶う瞬間があるのかな?

素敵な願いであります様に。

一つ一つの願いが叶います様に

ある時は うわぁぁぁっっっと
連続で叶っちゃったりもします様に(笑)
# by yokush55 | 2017-08-15 15:02 | ひとりごと

超遠距離大恋愛 イスラエル-日本

これから ちょこちょこと
イスラエルでの体験
暮らし
日本でイスラエル人
と、暮らした体験を書いていこうと思います。

私がカミスキを始めた事とたくさん関わりがあるので…



最初に日本でイスラエル人の青年アリックと出会ったのは1998年初夏の原宿でした。

その頃 私はネイルの会社の営業をしていました。
ソニプラを中心にネイルの商品を紹介したり 店頭で自社製品を購入された方に ネイリストがカラーリングとストーンを幾つかデコレーションするイベントなどを企画し、商品の販売をしていました。

とても自由にイベントなどを企画させてくれる会社で、
私はバイヤー お客様 ネイリストさん に喜ばれるこの会社の仕事が好きでした。
会社員であり 営業職にもかかわらずネイルに合うファッションもokで サンダルにペディキュア ライトなスーツに手のネイルも随分 カラフルに自社の製品をアピールしていました。
(この頃にはもう 色が好き♡)

原宿の大きくて有名なお店のアポイントが取れ ワクワクしながら原宿に向かったのですが
その日私は自宅にお財布を忘れてしまいました。

名前はSUICAではなかったんじゃないかな…(オレンジカード?)
移動は定期とプリペイドカードで済んでしまう為
さて これからランチ!と、なるまでお財布を忘れていた事に気付いていませんでした。

一人暮らしの我が家は新宿だったのですが 一旦帰るにはアポイントにギリギリになってしまう…
ランチとお財布抜きで2時間以上を原宿で過ごすにはかなり暑いなぁ と言う日でした。

代々木に近い方の原宿駅から3分位の所に シルバーアクセサリーの露店がありました。
丁度 シルバーのピンキーを探していたので見るだけ見てみよう!と、商品に近づくと

「オネェサン コンニチハ ナニサガシテル?」
と、クルクルの長い巻き毛の青年にスーパー笑顔で声を掛けられます。
このクルクルの巻き毛のアリックは この露店の店員で この日から私の人生を大きく変える人になります。

私は自身も営業職な為 相手が買い物をすると期待していたら申し訳ないなぁ 今日はお財布無いんだよなぁ 英語分からないし。。。。
と、困った笑顔だったと思います。
脳の中の 昔習った英単語をどうにかこうにか引っ張り出し
お財布を忘れた と、伝えたのだけど
信じて貰えないよなぁ 逃げ口上だと思われてるだろうなぁ
と…
アリックの笑顔を見ながら思うのでした。

(彼が私の言葉を信じていなかった事は後々笑い話になりました…)

片言の英語と片言の日本語でやり取りをしながら アポイントまでの時間をアリックと過ごし
今夜 仕事を終えて お財布と辞書を持ってここに来るから待ってて!!
と、伝えたつもりが
ライブラリー!
図書館持って来るから 待ってて!!
と、言ってしまう位の英語力でした。。。。


私 約束は守るのです!
夜 仕事を終えてから 和英と英和辞書を2冊持ってお財布を持って原宿に。
それから数ヶ月の私とアリックのスタイルです。
辞書を1冊ずつ持って指を指しながらの会話 in 竹下通りマック

学校で勉強しなかったからね…
かれ質問を理解出来ないのは本当にもどかしかった…
発音を間違えるのが恥ずかしくて 数ヶ月は話せないままでしたが、中学 高校の英語の先生が見たら喜ぶだろうなぁ位には理解し話せる様になっていきます。

恋の力は絶大!
そして 後から気付いたのですがアリックは本当に根気強く 私に色んな事を教えてくれました。
それはそれは根気強く。

今だから 言えますが(20年近い歳月を経て)私とアリックは出逢ってから一週間経たない内に 私の一人暮らしの新宿のマンションで一緒に暮らし始めていました。
とても誠実な人だと直感したし もしこの人が悪い人だとしたら 私は私の人を見る目が無かった事にしよう!
と、ルームメイトの申し出を受け入れました ルームメイトと言ってもワンルームマンション プライバシーとか全く関係なく 同棲生活のスタートでした。


毎日 仕事帰りには彼の露店に行き 販売の手伝いや英語の勉強 近くに住むイスラエル人友達を訪ね歩きました。
英語ペラペラの日本人
ヘブライ語ペラペラの日本人
イスラエル料理
ユダヤ教の事
自分の国に居ながら 半分外国に暮らしている様な夏でした。
じわりじわり 私の中にやる気が芽生え…でも 超劣等感で凹む毎日でもありました。

私の人生の中で最も多くを学んだ夏!
私 悲観主義なんだろうな…直ぐにいづれ会えなくなる事を想像してはメソメソ泣いていました。
その数ヶ月後に1人でパスポートを作って 初海外でイスラエル訪問をするだなんて全く想像出来ませんでした。

だいたい イスラエルって聞いて 国の名前だと知らない位に地理にも歴史にも無知だったのです。
まぁ 知っていたら行けなかったかも…ですが。

1998年辺りは イスラエルが最も穏やかな時期でした。
テロは少なく 観光客も多かったそうです。

この辺りで 超遠距離大恋愛 イスラエル-日本
1を終えます。

何故 20年経過した今なんでしょう?
何故 こんなに詳しく20年前の事を覚えているんでしょう?

ずっとずっと文章にしたい して欲しいと言われて来たのに 何かに堰きとめられ書けずにいました。

先日 ソウルメイトだな!!って方から 書きなよ!って言われて 漸く漸くずっと言葉にしては留めて来た事をblogに書く勇気が湧いて来ました。
言葉も想いも質量があり 私の中でスペースを取りすぎていたんだと思います。

スピリチュアル 恋愛 冒険 体験 様々な学びと螺旋の様に続くその後の私のカミスキとの出会い総てが関連しています。

読んでいるか?ですが まるで本当の私が求める事を知っていたかの様に 何度も書いて欲しいな!と勧めてくれたソウルメイトに感謝しています。

はぁぁぁ ピっと送信ボタンを押すと
ずっと留めていた言葉が発信されるのか…
ちょっぴり バンジージャンプな気分ですが 押します(笑)


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追伸
イスラエルを全く知らなかった頃 彼等は国に帰ったらラクダで移動するんだろうな♪なんて思ってました。。。。
それ言ったら大爆笑 観光地にしかいないとの事。
それって 日本人がみんな忍者や侍だと思っている外国人と同じ!
無知って 無知って この場合は可愛い♪






# by yokush55 | 2017-08-14 19:59 | エピソード

嬉し 楽し リトリート

この数日 ちょっとした旅をしていました。
人生の分岐点に居て
四面楚歌で気分を解放したくなって私に連絡をくれた ご縁を感じる友人と。


美味しい物を食べて 「美味し〜」と言葉にする

海の見える露天風呂に入って 「気持ちいいねぇ」
って伝え合う

自分の人生に影響を与えた映画や本を伝え合う
(その方は アートにたくさんの知識が感受性があるのに そんな自分を押し殺して生活していました)




日常から離れて 純粋な気持ちで
”大人”である事や
”格好良く振る舞う”事を止めてみる…

友人は たくさんの思い込みに 苦しんでいたのだけど…優しい笑顔で帰って行きました。

愚痴り始めたら 目を覗いて 笑ってみるのです…
「あ、またやってる!」
って 指摘するよりも 沁み入るみたい♪
信頼関係があっての事なのですが ニヤッと笑って気付いて言葉を変える。

そんな
ちょっとしたセッションが続きました。


昔から私はこうしたリトリートやセッションをライフワークとして続けてきました。
想いを伝える
言葉にする
気になる事を質問する
自分の意見と違った意見を 新しい視点で聞いてみる

思考が拡大すると 余裕が出来て それだけでもう
それまでの思い込みで四面楚歌になっている自分とは違っている…

たくさん笑って 喜んでいて 私にも嬉しい時間になりました。
海の見える露天風呂 気持ち良かったなぁ。。。。
つぎは朝日を見に行きたい。


小さなリトリート

たくさん話して 空っぽになって 新しいエネルギーが入って来たらいいな♪




携帯を使わないと決めていたので 写真は撮りませんでした。
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こちらは 新作 「花火」
バルセロナのフリーマガジンや美術展の広告の 綺麗な発色の部分の紙をフリーハンドでカットしました。
大切な人と 花火を見上げた時の喜び
忘れずにいたいなぁ




# by yokush55 | 2017-08-12 19:31

スピリチュアル好きな方へ 私の目が最も輝く時間の一つ vol.2

とても腑に落ちる 現実とは?の、解説をyoutubeで見つけたのは何年も前

ラムダスのyoutube…
すみません youtubeの添付の仕方が分からないのでご興味あるかたは
ラムダス 世界はあなたの経験であり……
を、ご覧ください。



観ていただいた事を前提に…

私のしているカミスキは 紙を漉いて濡れた状態で型を押して凸凹のエンボスをかけるのですが…
ある時期 この型になる物を探すのが日常になっていました。
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左側の金色の模様をエンボスと呼んでいます。

この型は、通常 テーブルセンターとかランチョンマットとして使われている物を私がカミスキの型にしています。

どこに出掛けても この型になる何かを探していた私には そればかりが目に飛び込んで来るのです。
マンホールを見ても
「あ、このマンホールのデザイン面白いなぁ 紙に押してみたいな」
とか
キッチンの水切りマットを見ても
「この模様の紙が作ってみたいな」
と、思う訳です。

でも 他の多くの人の目にはそれ等は単なるマンホールや水切りマットやランチョンマットな訳です。

ラムダスの説明では 人生そのものがそう出来ている!と。

探している物が現れてくる…のだ!と。
同じ地球に生まれながら 全く違う世界を生きているのだ!と。

人を変えようとしていた頃の私には 変えた方がいい所がたくさんある様に感じる人ばかりが現れました…
全く相手をリスペクトしていないって事ですよね…

ある時から 完全に相手を変えようとするのを辞めて 自分の内面を磨かなくちゃ!に、変化すると憧れる様な人ばかりが現れる様になるんです!!
まぁ、不思議。

それを知っていても 自分が頑張り過ぎていると(中途半端にね)内面が愚痴だらけになるものだから また 心地良くない人間関係の中に居る事になる…
気付く 改める 現実が変わる
気付く 改める 現実が変わる
そんな繰り返しの螺旋的な現実をぐるぐると繰り返しながら
言霊の力を借りて 時々 ノートに思い出せる限りの友達や知人 家族の名前をありがとうと言いながら書き連ねる…と、また 現実が変わって来るのでした。

実験的に何度も何度もやってみましたが これ 効きました!
そして 人間関係が上手くいってないなぁ と思う時は大抵 感謝が足りていませんでした。
だから、その事に気付かせてくれてありがとう と、時には心からの感謝と言うよりは 言葉先行でしたが 書き続けました。
するとまた 現実に変化がある訳です!!


私が願い事を書くノートを制作し、販売しているのもこの言霊に由来しています。
美しい言葉を
愛ある言葉を
幸せになる言霊を
温もりのある願いを
書きたくなるノートを作る!と、決めたからです。

だって 本当に魔法の様に効くんだもん!

それは コンビニで売っている大学ノートでも良いし コピー用紙でもいいんです…
いや、書かなくても 言葉にして言う事にも力があります それが祈りやマントラ(念仏)なんでしょうね…


願い事の書き方を聞かれる事も多いので 知っている事をお伝えすると…

素敵な彼氏が欲しい

と、書くと…

素敵な彼氏が欲しい

現実が現れます。
ロジカルな言い回しが苦手な方には理解し難いですよね…
欲しがっていると 欲しがっている現実が現れる
と、言う事は彼氏は現れないのです!

私は素敵な彼氏と仲良くしていて とても幸せです
ありがとうございます♡

こちらが 素敵な彼氏の現れる願い事の書き方だったりします。



それって 嘘じゃん!!

そうなんですよね…私もどうしても気持ち悪くて馴染めませんでした。


私は大切なパートナーと心も身体も深く深く結ばれて 素晴らしく安心しています 宇宙の計らいに心から感謝致します♡

もう これなんてベストな願い方です(笑)

Dream note Bookは誰かに見せる必要は無いので トロけるくらいに幸せな事を書いても良いんです♡
その為のノートです。


外国人とも多く交際してきた私は びっくりする位に愛情表現を受け取って来ました!
女の子には 一度はそんな素晴らしくオープンな愛情表現を受け取って欲しいな♡
照れちゃう位の!!
もう微笑むしか無いのです!(欧米かっ!って心の中でつぶやきたくなっちゃう位の(笑)


今夜も一気に書きました きっとまた 書くのだと思います。








# by yokush55 | 2017-08-08 23:16 | エピソード

スピリチュアル好きの方へ 私の目が最も輝く時間の一つ

2005年辺りだろうか 私がこれまでで最も深く考え 酷く孤独で 光の見えないトンネルの中にいる様な気がしていたのは…
何処が底なのか調べたくて 深い穴に小石を投げる…
ぽちゃんとも コツっとも言わない…
深い深い穴。
きっかけは直接的には失恋(笑)
でも 離れて行った人の最後の言葉は私をゆっくりゆっくり長く長く打ちのめす…

「君はもっと優しい人だと思っていた」

って。

私 最善を尽くしていた 始めて外国に暮らす愛おしい人に 私の最善を毎日毎日…

「これ以上は無理でした」

やり切ると割と仕方無いと思えるものですね…
それでも 何度も何度も 本当に?他に手は無かった?と自問し続けました。
私 頑張ったよね…
私 最善を尽くしたよね…
恋愛絡みで母親に相談したのはその時くらいだったはず。


優しくしてあげるべき対象を失った私
16歳辺りから ずっと 誰かと共依存的な恋愛をしていた
24歳あたりから 共依存を卒業すると同時に 超遠距離大恋愛時代が到来する (笑う所ですよ!

そして 30歳辺りに 初めて1人を始めた。

恋愛ばっかりして来たなー。
空っぽだよ 私。
いや、私 いい奴だよ 本当。
でも それだけじゃない?
何も持っていない 肩書きも貯金もパートナーもないないない

ないないないの空っぽ貝
何をしたいんだ?
私は?
第一 何をしたい何て言える状況か?
立場か?
立場?

誰にだってあるだろう ここは21世紀の日本だぞ!
もう 自信喪失もいい所だった。
ヘブライ語訛りの自分の英語も恥ずかしかったけど
まるでネイティヴのようにスラングをバリバリ使っている 知り合いの女の子をちょっと軽蔑していたりもした(私はスラングの彼女に嫉妬していたのかな?それは疑問)


日本の 少子高齢化 外国人流入 ゴミ問題 などなど
ちょっと 海外に居たから 俯瞰して日本や日本の未来を私なりに考えていた。

もう 使い捨て文化は止めなくちゃと思っていた
捨てたく無い物って何だろう?と
少し旅人をし始めると 物が多い事は辛い事に気付く…
古い物や異国の見た事のない技術の品々や物凄く訴え掛けてくる小さな工芸品とかが大好き でも自分が重くなるし…


ずっとずっと我慢してた 旅には持って行けないし!もう二度と帰国しないかも知れないしな。。。。って。
フライトの度に一応 遺書を書いてました(笑)

暗闇に見える孤独と不安の中 潜って潜って 私なりの結論を出したかった。
友達は居た 仲間も居た でも それぞれがそれぞれの日常に則した悩みを抱えていた。
私の悩みは 日常に則していなかった カテゴリーが広範囲でおいそれと口に出来無かった。

空を見ては泣き
花を見ては泣き
でも 何で泣いているのかすら分からなくて
空っぽな自分を空っぽ貝と呼んでいた。

花鳥風月……じゃないか!
と、達観した友に言われる…

考えて 考えて 考えて
読んで 読んで 読んで
泣いて 泣いて 泣きまくった
悔しくて 分からなくて
世間に合わせられなくて
良く携帯が止まった…

夢を見ては調べ
深く深く1人になっていった

海外気触れで帰国した当初 私は人を変えようとした。
人を変えよう何て ウザいな私と思い始め 止めたけど。

海外のハグの文化が好きだった
名前を呼ぶ文化が楽だった
敬語が無いのが好きだった
個人をリスペクトする風潮が心地良かった

ある日読んでいた本に
「自分が変われば全てが変わる」
的な文章を発見 即 実行した。

日本でも友達と別れる時は自分からハグをした。
聞いてくれる人には ハグの文化が好きなんだと伝えた。

人の名前を 苗字じゃなくて下の名前で呼んだ。
ギョッとされても だってその方がしっくり来るんだもん!!と。

TPOはわきまえて居たけれど 割と仕掛けていった 敬語は使わない関係性を築いた。
年齢性別国籍宗教信仰に関係無く 付き合った。
わだかまりなく話した 朝まで話した 何なら夜から夜まで話した。
朝から朝までを数日話し続けた。
(私はこの手の興味のある話しをし始めると 時間を止めてしまって 話している相手を良く驚かせる)
あ!もう5時間も話していたね ってのはしょっ中。




宗教、哲学、現実の仕組み、輪廻転生はあるのか?信仰心、魂、想い、量子力学、カルマ、
それをどう思うのか?
それらを裏付ける体験や 体験から得た独自の哲学を。
子供の頃から考えていたか?
家族とはその話をしたか?


昔は良く 深夜のファミレスやコンビニ前で
最近だと自宅アトリエで。


答えを出す事は難しくても 共感したり 言葉にするだけで 新たな場所からそれまでを俯瞰出来たりする そして 思考の仕方が変わる。
何かが一つ変わると物事は連動して変わって行く…

私のライフワークだった 私の目が最も輝く時間の一つだ。
それは 気付きが起きて 私や 誰かの思考が拡大するのを目の当たりにする事。

可能性が 夢が 拡がる瞬間
好奇心で不安が搔き消える瞬間



取り憑かれた様に書きました。
多分 過去の私の思考が書かせたんだと思います(笑)
ちょっと いきなり 途絶えたので また いずれ。。。。

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# by yokush55 | 2017-08-06 20:38 | エピソード